谷川俊太郎が今月号の「現代詩手帖」の鼎談で、「自分は他人を楽しませるために詩を書いてきた」、というようなことをいっている。確かに、詩は私の楽しみのためのものではない。しかし、私も楽しくなければ、詩も面白くないのも事実ではないか。谷川の詩も以前は楽しんで書いてる部分が見えたが、ここのところ、というか『世間知らず』以降、そういう部分を感じなくなった。そういう詩は、読んでいる私も楽しくない。何か芸として書いているようにも思える。あるいは一流の言葉の芸人とは言えるだろう。それも詩人の生き方なら、すさまじいともいえる。
しかし、詩はやはり書いて楽しむものではないか。もちろん苦しいことでもあるが。
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